寄贈作品


春のプレゼント  written by しぐれ


「やっと午前の配達が終わったぞ。」
 黒木くんは郵便局へ向かって、真っ赤な自転車をぐんぐん走らせました。
この前までは冷たかった風も、今では少しづつ優しくなって、黒木くんの顔をなでてゆきます。
「もうすぐ春が来るんだな。」
 黒木くんは嬉しくなって、自転車のスピードをますますあげました。

 ところが、4丁目の交差点に来たときです。黄色の服の女の子が、自転車の前にパッと飛び出しました。
「あ、あぶないじゃないか!」
「うぇ〜ん」
 黒木くんがどなり終わらないうちに、女の子は泣き出してしまいました。
とても大きな声です。
「うぇぇ〜ん」
「お、おい。泣かないでくれよ〜」
 黒木くんは困ってしまいました。
「泣かないでったら。お兄ちゃんが悪かったよ…」
「…っ。ひっく。じゃあ、お手伝いしてくれる?」
 女の子は、やっと泣きやみました。
「僕は何をすればいいんだい?」
 黒木くんは屈みこんで、女の子の目線にあわせて問いかけました。
「お家をさがしてほしいの。」
「お家?それなら、おまわりさんに聞かなくちゃだめだよ。」
「やだやだっ。お兄ちゃんに決めたんだから!」
 ここで断ったら、また大泣きしそうな様子です。
「仕方ないなぁ。おじょうちゃんはどこから来たんだい?」
 黒木くんはあきらめて、聞きました。
「えーっとねぇ、んーっとねぇ…」
 急に女の子はもじもじし始めました。
(きっと番地が分からないんだな)
 黒木くんはかわいそうになってきて、
「何か目印があったら、言ってごらん。」
と言いました。
「えーっとねぇ、あっちから来たときにね、飛行場みたいなところがあったの。あと、長ーい坂も見たし、小さい車がいっぱい走ってるところも見たの。」
(飛行場…長い坂…小さい車の走るところ…?)
 黒木くんは考えました。黄色い服の女の子は心配そうに黒木くんを見つめています。
「そうか、わかったぞ。おじょうちゃんはあんなに遠くから来たのか!」
「そんなに遠いの?」
 女の子の大きな目から、また涙がこぼれ落ちそうです。
「大丈夫だよ。自転車にお乗り。」
 黒木くんは女の子を後ろに乗せると、山の上のとなり町を目指して自転車をこぎ出しました。

 カートサーキット場を迂回し、長い坂を上り、航空自衛隊の基地を過ぎるとやっと山の上のとなり町です。
「さあ着いたよ。確かこの辺のはずだけど…?」
 女の子はあたりを見回しました。
「あっ、あそこ、あそこ!」
 女の子が指したのは、小さな空き地でした。
「えぇ、あそこ?!」
「お兄ちゃん、おろして!」
 女の子は自転車から降りると、懐かしそうに空き地の中を歩き回りました。
つくしやたんぽぽが、あちこちに芽を出しています。
「わたし、去年までここにいたの。」
「そっか、引っ越ししたんだね。」
「えっ?」
「引っ越ししたんじゃないのかい?家族みんなで。」
 黒木くんが振り返ると、女の子は悲しそうな顔をしています。
(何か、いけないことを言ったかな)
 黒木くんは思いました。ふと気が付いて時計を見ると、午後の配達の時間まであと20分しかありません。
「おじょうちゃん、お兄ちゃんもうすぐ仕事だから帰らなくちゃ。」
 黒木くんは女の子を後ろに乗せると、自転車をこぎ出しました。

「お兄ちゃん、春が好きなんでしょ?」
 もとの交差点に戻ると、女の子は突然こう言いました。
「だから、今日のお礼に春をプレゼントするね。明日ここでね。」
 女の子はそれだけ言うと、黒木くんが声をかける間もなく、元気に裏道をかけて行ってしまいました。

 次の日、午前の配達を終えた黒木くんは、約束の交差点にやって来ました。
「何をプレゼントしてくれるんだろう?」
 けれどいくら待っても、あの黄色い服の女の子は現れません。
「あの子、約束を忘れちゃったのかな…」
 黒木くんはひとり寂しくつぶやきました。
 女の子は本当に約束を忘れてしまったのでしょうか―――。

 あきらめて帰ろうとした黒木くんの足元に、かわいらしいたんぽぽが一輪咲いていました。咲きたてのたんぽぽは、みずみずしい黄色の花を精一杯、黒木くんの方へ向けていました。

〜END〜
郵便配達員黒木!ハマり過ぎです(笑)
カトリーヌちゃんとのやり取りを見てると、彼は絵本の中の大人のような優しい印象がありますよね。
しぐれさん、ありがとうございました!
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